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当事者や家族を知る・考える

うちの次男坊

今回はうちの次男坊「レイ」の事を書きたいと思います。

2003(平成15)年1月3日、3, 856gで産まれました。産まれて10日で、お乳を吐いてばかりいたので救急外来に行くと「胃食道逆流症の疑い」でそのまま入院しました。赤ちゃんの胃は、まだひょうたん型だから…と言われ、よくある症状だと思ってました。

退院してからは元気にすくすく成長しましたが、長男や、育児本にあるような成長ではなく、何かにつけて遅めだなぁ…と感じました。例えば、赤いボールなどを目で追いかける「追視」をしない、首が座らない…でもこればっかりは「その子その子の発達の仕方」だと思ってました。しかし、いつまでたっても首が座らず、やっぱりオカシイと思い、当時あった、病院に行くまでではないけど相談したい人向けに小児科医が相談にのってくれる「赤ちゃんクリニック」に軽い気持ちで行きました。そこで先生から「病院で検査をしましょう」と言われました。すぐに病院でMRIや色々な検査をした結果「小脳低形成」という結果が出ました。いわゆる「脳性麻痺」です。小脳なので、視神経や運動神経などが関係しているそうです。今までの発達が遅い原因が全てハッキリしました。と同時に、私は地獄に突き落とされました。まさか、私の子どもに障がいがあるなんて…。私の中では、障がいのある子どもさんは、ドラマの中や、遠い他人事でしかありませんでした。ショックでショックで、毎日泣いてばかりいました。そしてこの先の不安で押しつぶされそうな日々でした。気付いたら、海岸線の崖まで車で走った事もありました。あの頃の私は、アリ地獄にハマってもがくアリでした。

でも、私には主人と元気な長男もいました。泣いてばかりはいられません。小児科の定期検診とリハビリ、療育センターへ通う日々が始まりました。療育センターでは、何かしらの障がいを持った子どもさん達やお母さん達と仲良くなれました。泣いたり笑ったり、時にはグチを言ってストレス発散したり…本当に気持ちの分かり合える戦友で、今でも大親友です。

産まれてすぐの「胃食道逆流症」の影響か、環境が変わったり、ストレスを感じたりすると嘔吐する「自家中毒」で、吐く物が無くなるまで吐き、胃液まで吐くようになると、すぐ救急外来へ。「点滴2本6時間コース」で帰れたらラッキーな方で、そのまま入院になる事もしばしばありました。

新調する「長下肢装具」の試着をしながら歩行器で歩く訓練
大嫌いな点滴は、無理矢理引っこ抜く事がしばしば…

小学校に上がる前でも言葉は喋れず、1人では歩けないので車椅子に乗っていました。小学校は市内の支援学校に通いました。担任の先生方が毎日「体の時間」にリハビリをしてくださったり、ギターの弾き語りをしてくださったり、校外に散歩に連れて行ってくださったり…本当に楽しい学校生活を送る事ができました。しかし、中学生にもなると、体は大きくなるんだし、力は強いんだし、「悪いこと」ばかりしていました。例えば、テレビの音量。最大のボリュームって、どこまで出るか知ってますか?普段我が家は「20」前後なんですが、それを次男は常に最大の「100」にするんです。(ボリューム100!どれだけうるさいか試してみてください笑)家の外を歩いてる人にまで聞こえます。家の中にいる家族は大迷惑です。腹が立つのでリモコンを取り上げる→泣く→泣き声がうるさいので叱る→また泣く…の繰り返し。ご飯は有り難い事に、普通の物が食べられるので(重度の障がいのある子どもさんは、ミキサーにかけてドロドロにしないと食べれない人もあります)大好きな唐揚げや麺類を見ると、興奮してお皿に手を伸ばし、掴んだところで私のカミナリが落ちる→びっくりしてお皿ごとひっくり返す→泣く…。本当に毎日が戦争のようでした。家の外を歩いている人に「虐待の疑い」で通報されてもおかしくない家でした。

泣き声も大音量!!

そんな生活に疲れ果てた中学3年生の夏…。次男も大事な我が子だけど、長男、三男、四男も私の大事な我が子…。家族の平和を願って(笑)高校からは、平日だけ寄宿舎で生活できる支援学校に通わせる事にしました。月曜日に送って、金曜日に迎えに行く。平日の平和をあれだけ望んだのに、いざ寄宿舎に入れるとなると、辛くて寂しくて悲しくて「断腸の思い」とはこの事か!と思うぐらい、内臓をえぐられるような、本当に辛い決断でした。全ての段取りができた高校入学直前に「てんかん発作」デビューしました。小児科医には「てんかんでは死なない」とずっと言われてました。友達の子どもさんの多くは、てんかん発作、けいれんをちょくちょく起こしていましたが、座薬でおさまったり、それでもダメなら病院に行っていました。なので、障がいのある子にてんかんやけいれんはよくあるものだと勝手に思ってました。それでもやっぱり、てんかんを起こされると怖いし、すぐに病院に走りました。

高校生活、寄宿舎生活にも慣れて、楽しく過ごせるようになりました。月曜日に学校に送ると、親の私なんか知らん顔で、自分で車椅子をこいで、大好きな先生達のところへ一目散に行ったのを見届けて帰りました。

卒業後の行き先を決めるための「現場実習」も、色んな施設で頑張りました

ある月曜日の真夜中、私の携帯電話が鳴りました。「お母さんですか?レイくんの呼吸が止まってるんです!」「はぁ⁇⁇ ちょっと意味が分からないです」先生が寝ぼけているのか、私が寝ぼけているのか、何がなんだか分かりませんでした。とりあえず病院に来て欲しいとの電話だったので、病院に向かいました。そこで見た我が子は呼吸器を付けられ、変わり果てた姿になってました。これが本当の悪夢だと思いました。寄宿舎の先生の、懸命で素早い人工呼吸と心臓マッサージでなんとか一命を取り止め、奇跡的に、21時間生きてくれました。みんなに「ありがとう」を言う為に…。コロナ禍の前でしたが、ICUは当時でも決められた時間に家族数人しか入れなかったのに、今までお世話になった10人ぐらいの先生達がレイのベッドをグルリと囲み、しかも入りきれなくて、入れ替わり立ち替わり、レイに会いに来てくださいました。真夜中から朝方なのに…。そして、大好きな家族と大好きな担任の先生に見守られながら、眠るように天国へ逝ってしまいました。

本当にたくさんの大好きな先生や友達に恵まれて、自由に好き放題して、短い人生を力いっぱい楽しみました。
人には「命のろうそく」っていうのがあるんですって。レイのろうそくはあまりにも短かったけど、太くて太くて、これでもか!っていうぐらい太いろうそくでした。
「なんのために産まれてくるのか」…よく聞くフレーズです。「亡くなる時に、産まれて良かった!って思う為」と聞いた事があります。レイは、短い人生でしたが「産まれて良かった!」と思ってくれていると思います。色んな体験、経験をして、たくさんの人に出逢い、たくさんの人に愛され、レイの為に涙を流してくださった人がたくさんいます。

レイのおかげで、私や家族にもたくさんの出逢いがあり、レイが繋げてくれたご縁は私の宝物です。そしてレイは私達家族にとって、宝物であり、自慢の息子です。私はレイを産み、育てた事を自信に思い、誇りに思い、これからも一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。

生きていれば、嫌な事や辛い事もたくさんあります。何もかも捨てて、楽になりたい時もあります。でも、そんな時は、うちの次男のように、生きたくても生きられなかった人もいるという事を思い出してもらえたらな…と思います。生きていれば、なんとかなります。誰かに相談してください。「とよニコ」の事務局でもいいです。私が前回投稿した「だいかい文庫」さんでもいいです。ちょっと話を聞いてもらうだけでも、スッキリしたり、何かヒントが出てきたりすると思います。せっかくこの世に産まれた命を大切にして、自分だけの「命のろうそく」を、大切にともし続けてほしいです。

10月29日…レイの3回目の命日がやってきます。

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なお

竹野生まれ竹野育ち、ゴン太4人の肝っ玉かぁちゃんです。 次男に重度の身体と知的の障がいがあったので、そんな子育てや生活の情報を発信していきたいと思います。

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コメント

    • れい子
    • 2022.10.27

    れいくんのかわいい写真癒されました。
    短い人生だったけど、太い太いロウソクだったと私も思います。
    それに、れいくんのおかげで私もなおさんと友達になれた✨
    れいくんが生まれてきてくれたから色んな人との出会いがあり、みんなも、そう思ってますよ。
    今でもれいくんが、手を伸ばしてタッチしてくれたのをしっかり覚えてますし、これからもずーっとずーっと、私らの心のなかで生きてくれています

      • なお
      • 2022.11.01

      れい子ちゃん

      コメントありがとうございます。
      キカイオンチな私、コメントしたつもりが出来てなかって遅くなりました。
      れい子ちゃんの娘さんと伶のおかげですね♡
      会えばいつも伶にせがまれるタッチ!ありがとう。

      伶が生まれ変わったあの日、れい子ちゃんの娘さんと同じ誕生日でしたね。おめでとう!産まれてくれてありがとう!

    • じゅんママ
    • 2022.10.31

    「もう」なのか、「まだ」なのか…
    私も両方を感じる日々を過ごしてます。

    レイくんの笑顔、最高ですね。
    太く太く過ごしていたことが伝わります。

    地元に帰ってきたとき、なおさんとレイくんのおかげですごく不安が取り除かれました。
    本当にありがとう。
    これからも、よろしくです。

    • なお
      • なお
      • 2022.10.31

      じゅんママさん

      コメントありがとうございます。

      都会におられたんで、じゅんママさんと伶はそんなに会う事がなかったですね。
      10何年ぶり?の再会に感動した時の事は、今でも覚えてます。しかも、同じ境遇だったとは…。
      じゅんママさんの、家事・育児・仕事とフルで頑張っておられる姿と、じゅんチャンの笑顔にはいつも癒され、励まされています。
      こちらこそ、これからも、ずっとずっとよろしくお願いしますね!

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