「つながる2つの言語①」に続いて、今回は私のある体験をもとに、手話の魅力や奥深さをお届けしたいと思います。
去年、デフリンピックが東京で開催されました。
豊岡市でもデフリンピックにちなんだイベントが開催され、私は手話ボランティアとして参加しました。
いろんな世代の方と手話を通じて関われることがなによりも楽しかったです。
そんな中で初めての経験も…。
たまたま行ったお店でろう者の方が注文されていて、難しい注文方法だったので店員さんから通訳お願いしますと言われました。
これまで一対一で話すことばかりで、誰かが言った言葉を正確に伝えることなんてできるレベルではありません。
不安だらけで完璧には通訳できなかったですが、その中でもずっと引っかかっていることが1つあります。
「熱い」と「暑い」の手話の使い分けです。
店員さんから伝えてほしいと言われたのは「熱い」でした。でもとっさに「熱い」の手話が出てこなくて「暑い」という表現で伝えてしまいました。
ろう者の方には伝わっているようでしたが、ずっとそれが引っかかっていました。
後からああすれば良かったんだと気づきました。
このことがあってからやっぱり意味にあった手話や具体的に表現することはとても大切なことなんだと思いました。

イベントも終わりが近づいてきたころ、私はもう1人の手話ボランティアの方と7人ほどのろう者の方の世間話に混ぜてもらいました。そこで目の当たりにしたのは、全く読み取れない手話が飛び交う空間でした。手話単語の一つ一つは分かるはずなのに、何も読み取れませんでした。誰が誰に向けて話しているのか、何について話しているのか、さっぱり分かりませんでした。みんなが拍手していても私には拍手することがどこにあったんだろうという感じ…。
今まで、手話が分からないことはありました。読み取れないことも、手話にできないことも、会話についていけなかったことも数えきれないほどありました。
むしろそのほうが多かったくらいです。
ですが、あそこまで何も分からないのは初めてでした。
私にとってそれが何よりの衝撃でした。手話を始めて、コミュニケーションもある程度取れ、やっと自分に自信がついてきたときにそんな光景を目の当たりにして、どん底に落ちたような気がしました。
私たちが音声で話すようにろう者の方にとっては手話が言語なので早いのは当たり前です。まだまだ始めたばかりの私がそれを完璧に読み取ることなんて当然できません。それでも何一つ読み取れない状況に、こんなので手話やっていますなんて言っていいのだろうかと不安になりました。
終わった後、近くにいた手話通訳者の方と話し、たくさんアドバイスをもらいました。
ろう者が聴者の輪に入るとこんな感じなんだ、いい経験をしたなと自分に言い聞かせて頑張ることにしたものの、数日間は落ち込んでいました。(笑)
今回のことがあって、まだまだ足りないことが多いと改めて痛感しました。
あの時はショックのほうが大きすぎてポジティブに捉えられませんでしたが、それでも手話が楽しいと言えるようにこれからも少しずつ勉強したいなと感じました。
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